パラオにある自然が作り出した絶景の世界遺産『ロックアイランド群と南ラグーン』

By | 2014/12/26
パラオにある自然が作り出した絶景の世界遺産『ロックアイランド群と南ラグーン』4


パラオにある自然が作り出した絶景の世界遺産『ロックアイランド群と南ラグーン』

南の楽園パラオ共和国

日本から直行便でわずか4時間ほどで着く南の楽園パラオ共和国

パラオは太平洋上のミクロネシア地域の島々からなる国で、「世界一」とも言われる親日国。世界遺産『ロックアイランド群と南ラグーン』があるロックアイランドは、北のコロール島から南のペリリュー島での間にある445もの島々を指し、その多くが無人島となっています。

また、またパラオに生息するサンゴの種類は380を超えており「ラグーン」という名前の通り、円環状に広がる珊瑚礁が多いです。

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ロックアイランド群と南ラグーン

パラオ初の世界遺産ロックアイランド群と南ラグーンは、世界でも数少ない複合遺産として世界遺産に登録されており、珊瑚礁が浸食されてできたマッシュルーム型の独特な地形景観と人類の足跡が残る考古遺跡などがあります。

登録された約10万haの範囲の中で陸地面積は約6千haしかありません。そのため、多くの海洋生物が生息しており、シュノーケリングやスキューバ・ダイビングの名所として知られています。世界遺産登録範囲内にも人気のあるダイビング・スポットが多く存在しています。

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日本とパラオの関係

かつて日本統治下にあったこともあり、パラオには日本文化の影響が多く見られます。現代パラオ語には「daijobu(大丈夫)」や「okyaku(お客)」、「denki(電気)」、「senkyo(選挙)」など、日本語からの借用語が多数含まれており、パラオ料理も日本の影響を受けたものがいくつかあります。

また、パラオでは、名前も日本名がよく使われています。シゲオ、クニオ、フミコなどの所謂「日本人の名前」が名字、性別問わず付けられていたりします。更には「カトウサン」といった「さん」を名前に付けていることもあるようです。

パラオが親日になった理由としてのエピソードは数多く存在します。

▼ペリリュー島での日本軍と島民のエピソード
太平洋戦争のとき、ペリリュー島には日本軍が進駐し陣地が作られました。
日本兵と島民は仲良くなり、日本の歌を一緒に歌ったりしたそうです。
やがて、戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になりました。
島民は話し合い代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れました。
「自分達も一緒に戦わせて欲しい」
それを聞くなり隊長は激高し
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
と叫び追い返しました。
島民は裏切られた想いで悔し涙を流しました。
船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人見送りに来ません。
島民は悄然と船に乗り込みました。
しかし、船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきました。
そして、一緒に歌った日本の歌を歌いながら手を振って彼らを見送ってくれました。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長の姿もありました。

ペリリュー島の戦いで日本軍は3日で終わるとされていた戦いを72日間耐え玉砕しています。
その72日間の戦いで民間人の死者数は0でした。

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パラオ・ロックアイランド群と南ラグーンへのアクセス

パラオは、グアムの南西、1,300キロの地点にあり、日本から直行便で行くとわずか4時間ほどで着きます。さらに日本とは時差がほとんどないため、お手軽に旅行できます。

南の島に行くときは、ぜひパラオをご検討されてはいかがでしょうか。

via : Wikipedia


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